> 合併記念式典前夜祭で東一山車が出る H22年11月8日(月)
 今日の午後は、久喜市環境審議会の傍聴をしていました。午後1時から午後5時前くらいまでかかりました。
 内容は、市内街路樹の選定についてでした。
 審議会を傍聴していて、思うところがいっぱいありました。いずれ、正式に議会で取り上げなければ事態は良くならないと思いました。

 ところで、一昨日は久喜市合併記念式典の前夜祭。以前も書きましたが、私が住んでいる町内「東一」も参加しました。私は、東一祭典保存会のお囃子部門、「東一囃子会」の会長としてです。
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(久喜市久喜中央で、東一の山車を組み立てている様子。中央公民館から撮影)

 この日は、上田知事の上田塾の宿泊勉強会もあり、運営委員としてこちらにも参加しなければなりませでしたが、地元の大イベントを優先しました。
 
  このイベントは、市の発表では、「旧1市3町の歴史と伝統のある各地区の祭りの山車や神輿を一堂に会して、新市の合併を祝うことを目的として」実行委員会に補助金を交付して開催しました。

 会場には、合併した旧菖蒲町から山車1基と神輿が2基。旧栗橋町から神輿1基、旧鷲宮町からは2つのお囃子団が披露しました。
 旧久喜市は、従来の提燈祭りの山車6基に加えて、東から山車1基、清久から3基が参加しました。
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(手前が東一の山車 提灯は、縦に7段。東町の電線の高さを考慮して決定した高さです。他の6町は11段です。)

 私が所属する東一の今の山車が、久喜の提灯祭りのメイン会場になる駅西口に行くのは、今日が初めてでした。
 私の記憶では、第一代の山車が行ってから30年以上は経っていると思います。第二代目は行ったことがなく、今回の山車は第三代目にあたります。
 第一代目は、地元の方が手作りで建造して町内に寄付したものです。その後、色々あって廃棄となりました。
 第二代目は、私が地元の旧お囃子会の方々と手作りしたもので、約10年使った後、第三代が制作されることに伴い、廃棄しました。
 今の第三代目は、宝くじの補助金と町内の皆さんの寄付で建造されたもので、平成18年に完成。今年、新たに山車の舞台部分や土台、車輪を本格的なものにリニューアルしました。
 初の本格的な山車といってもいいでしょう。
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(久喜駅西口広場にて 東一の後ろには、本壱さんが続きます)

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(向って左は、市議会で同じ会派「政策会議」の副代表、富澤議員。右が私(石川)です。式典会場裏で撮影)

 私がお祭りに係って32年くらい。念願の立派な山車とメイン会場での運行。地元保存会や町内会の皆様の協力、助言を頂いた他町保存会の皆様のおかげで、悲願の西口広場で運行ができました。心より感謝しています。
 まさか、東一の山車が西口を運行するとは、誰が数年前に予想できたでしょうか。私の地元としては、旧久喜町(旧久喜市の前進で昭和の合併をする前の地番)で駅西口の一部が今の東一と同じ町内だったことから、何としてももう一度、旧町内に行きたいという熱い思いがありました。約20数年前に山車が西口に行ってから、色々あって今回の運行。
 通称、「四つ角」を東一の山車が順調に曲がった時には、泣けました。私の他にも、年配の方の目には涙が浮かんでいました。今までの色々な思いがこみ上げたと思います。
 とにかく、これまで色々ご尽力いただいた大先輩や関係者、他町の皆様には感謝・感謝です。さらに地元の結束が強くなった気がします。
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(提灯をとって、山車をトラックに乗せたところ。翌日、町内に移動しました。)

 昨日は、朝から片付けと打ち上げでした。もちろん、大いに盛り上がりました。


 
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by baribarist | 2010-11-08 23:18 | 久喜市

埼玉県議会議員の「石川ただよし]が、埼玉県・久喜市のちょっとしたニュースとコメント、自身の日記を公開
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